浦和地方裁判所熊谷支部 昭和25年(ワ)62号 判決
原告 綾川武治
被告 田中雄一郎
一、主 文
被告は原告に対し金九千四百八十円を支拂うこと。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は三分しその二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。
二、事 実
原告は、被告は原告に対し金一万八千円を支拂うこと、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告は被告と從來から知人関係であつたところから、昭和二十四年三月末被告が公文書僞造、詐欺、恐喝、傷害、暴行等被疑事件によつて檢挙され、秩父警察署に拘置された際、直ちに秩父警察署に面会に行つたのであるが、被告のために弁護士が三、四人選任されるとのことを聞いたので、原告は同一事件の他の被告にも選任されていた有様であつたから、進んで被告の弁護までしようとの申出を敢てしなかつたのである。ところが四月末日頃から熊谷拘置支所に在監中の被告から頻りに面会を求められたので、その都度面会して種々事件に関する助言をなして來たのであるが、六月初旬に至つて被告から「是非共主任弁護人となつて呉れ」との懇望切なものがあつたため、六月十一日附弁護人選任届を提出し、同月十四日の第二回公判から、被告の弁護に当つたのである。この弁護の依頼を受けるに当り弁護料については、原告は被告の当時の経済的窮状を察し、弁護士会の大体の規程が最低五千円と言うことになつているから先ずその程度の弁護手数料を内金として都合のよい時に支拂つて呉れればよいと言う意思を表明して、原告は被告の弁護を引受けたのであるが、七月二十日頃千島弁護士から金二千円を被告の弁護料の内金として受取り、その後被告は保釈出所して弁護料を相当程度支拂うからと自発的に幾回か言明したが、事実において何等支拂わず今日に及んだのである。かかる間に、被告は西埼玉新聞を創刊して自ら編集執筆並びに経営を兼ね、紙面には予て宿敵として爭い來つた松崎孝了氏等に対し、乱暴極まる攻撃振りを発揮し、最近頻りに進駐軍総司令部が掃滅を勧奬している所謂ゴロツキ新聞の観を呈していたので、この新聞を被告が主宰して発行する限り、目下原告が被告の弁護人として責任を持つ浦和地方裁判所熊谷支部に繋属中である被告等の刑事事件の公判に相当に影響があり、若しそれが判事諸公の眼に入るが如きことがあれば被告に対する不利な心証を與え、從つて、被告に不利な結果を生ずることになるであろうことが予想されたから、再三その筆鋒を緩和したらどうかと忠告して來たのである。被告はその都度「何とか考えましよう」と緩和する旨を答えて來たが、而かも何等これを実行せず、新聞の体裁は依然として改まらないので、昭和二十五年二月二十一日原告は前述刑事事件の被告として出頭して來た被告と熊谷裁判所の庭で出会つたのを機会として「どうしても新聞の調子を改めることができないのかね」と尋ねたところ、被告は昂然として、「信念の問題だから致方はありません」と答え、更に原告が、「それでは自分は君の弁護人として責任が持てなくなるがどうかね」と尋ねると、被告は「それでも信念の差ですから致方ありません、弁護人をお断りするより外ありません」との答であつた。然りとすれば、原告は被告の弁護人を辞するの外なく、昭和二十五年二月二十七日附を以て遂に被告の弁護人辞任届を提出するに至つたのである。かくて昭和二十四年六月十一日附被告と連署の弁護人選任届を提出してから、同二十五年二月二十七日弁護人辞任届を提出するに至るまでの九ケ月の間において、第二回公判から第十八回公判まで十七回の公判及び現地檢証に一回立会つたのであつて、その間主任弁護人として証人を申請し、証人尋問に当り主任弁護人の爲すべき相当の手数を要したのであるが、前述の弁護人辞任以來被告からは何等弁護手数料の支拂がないので、三月十四日地方裁判所繋属事件に対する国選弁護人の弁護手数料として裁判所が支給する額を基準とし、既に受取つた二千円は公判参加前の手数料及び主任弁護人手数料として、前記十八回の弁護手数料を一回平均千円と計算し金一万八千円の請求書を被告に発送して、その支拂方を請求したのである。然るところ、被告経営の上記西埼玉新聞昭和二十五年四月一日号紙上において、原告が何等弁護料について正確な契約もせず、唯だ最低五千円を支拂うよう申入れたにすぎないのに、「一審五千円で契約」と述べ、二千円しか支拂つてないのに、「四千円支拂つてある」と述べ、原告が進んで自発的に被告の弁護を断つたのでないのに「綾川弁護士はそれでは田中の弁護は断ると言われた」と述べ、悉く眞実に反する虚僞の事実を列べ立てて而かも、原告が弁護士として不当の料金でも依頼者に対し要求するかの如き印象を読者に與ふるにおいては、原告の信用は毀損せられ、併せて名譽毀損の被害をも受くるに至ること必定であり、かくては原告としての損害測り知られないものがあるので、是非共正当の弁護料が幾何であるかを裁判所に御決定を願い度く本訴に及んだ旨述べた。<立証省略>
被告は、適式の呼出を受けたに拘らず、本件口頭弁論期日に出頭しないが、書面を以て原告に一審五千円の約束で弁護を依頼し、共同弁護人千島勳を通じて二千円を支拂い、その他原告に保釈金の一部二千円を立替えて貰い、右立替金を支拂つた際弁護料として更に二千円を支拂つたので、残金千円の未拂があるばかりであると述べている。
三、理 由
原告が被告から昭和二十四年六月十一日被告の浦和地方裁判所熊谷支部に繋属していた刑事被告事件について、その弁護の依頼を受け、同裁判所に連署で弁護人選任届を提出し、被告の主任弁護人となり、爾來公判に十七回、実地檢証に一回出頭して立会い、同二十五年二月二十七日辞任したことは、被告の爭わないところであるばかりでなく、甲第一乃至第四号証によつても認められる。そこでその弁護手数料について、原告は弁護士会の大体の規程が最低五千円ということになつているから、先ずその程度の金を内金として都合のよい時に支拂つて呉れればよいとの意思を表明したと主張し、被告は一審五千円で約束したというているが、これを認める証拠はない。しかしながら弁論の全趣旨と証人千島勳(第二回)の供述によつて成立を認められる甲第六号証(埼玉弁護士会副会長弁護士千島勳名義の鑑定書)及び同供述から考えると、右刑事事件は複雜した事件で、共同被告人も数名あつて波瀾を予想される事件であつたのであるから、被告の主張するように確定的に五千円ときめたのでなく、原告のいうように五千円は内金とし、その他に相当額の手数料を支拂う約束であつたものと思われるのである。そうだとすると、右五千円の他に更に何程の弁護手数料を支拂うのを相当とするかというに、原告と被告とは從前からの知人であつて、被告が檢挙された際には原告から進んで秩父警察署まで面会に行つたような間柄であり、且当時の被告は経済的に窮していたことは、原告の主張しているところである。それに右刑事事件には被告に原告以外他に共同弁護人がついており、なおまた、原告は右刑事事件の他の共同被告人の弁護人ともなつていることは、当裁判所に顕著な事実であるので、前記原告の主張事実及び認定事実に右千島証人の証言を参酌すると、本件弁護手数料は普通一般に相当とする額によらず、それよりは低廉な料金によつてきめる当事者の意思であつたことが推認される。そして、原告の引用する弁護人の旅費、日当、止宿料及び報酬に関する政令によると、国選弁護人には裁判所が相当と認める額の報酬と一日三百六十円以内の日当等を給與することができることになつているので、これ等を合せ考えると、本件弁護手数料としては、右金五千円の外に一回三百六十円の割合による前記認定の原告が公判及び檢証に立会つた十八回分の日当計六千四百八十円、この合計一万一千四百八十円を以て相当と認める。
右認定に反する原告提出の証拠は採用しない。これに対し原告は二千円の支拂を受けたといい、被告は四千円を支拂つたと抗弁しているが、被告の抗弁を認める証拠はない。そしてまた原告の弁護の辞任は、反証のない本訴では原告の主張するとおり、被告から解任されたためであるといわなければならないのであつて、右甲第六号証によると、かように解任された場合には更に右約束の弁護手数料を減額する必要はなく、且つその場合には右手数料は直ちに支拂わねばならぬものであることが認められる。然らば、被告は原告に対し、右金一万一千四百八十円から原告が支拂を受けたことを認めている右金二千円を差引いた残金九千四百八十円を支拂う義務のあることは明かであるが、その余の原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十二條に則つて主文のとおり判決した。
(裁判官 伊藤祐一)